其ヲ前ニシテ思フコト。

そう、重要な事を忘れていた。
今日はこの“作品”について触れねばなるまい。
Facebook方面では、様々な方がこの作品を手にしてくださり、たくさんの評をいただいている事に弟子としても大変ありがたく思いつつ、
「オレがやってねぇじゃん!」と気づいたので書くことにしようと思う。
この記事に関しては、大文字や絵文字によるセルフツッコミは使わないのでご了承いただきたい。

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我が師匠、チョップ・イチロットンの書籍である。
『いつか、自分の本を出したい』というチョップの“夢のひとつ”は、実のところ出会った頃から耳にしていた話だった。
「いいッスねぇ!」とは受け応えていたものの、正直自分の中では“海の向こうの話”のように現実味がなく感じていたのは「自らそれを思い描いた事がなかった」からに他ならないということを今なら解るのだが、十数年前、地元のイベントでバカをやっては飲み歩いていた当時の自分では、今ボクがいる“現状”にすら失禁するくらいの勢いで驚くに違いないと思う。
そう、“ラジオ”にしてもそうなのだ。かつてボクとチョップのホームページ『ロールチョップ』というモノが存在して、そこでネット大喜利やら2人でテレコを持って録音しながら街中を歩くという今でいう“もやサマ”的な企画を行っては「くっだらねぇ~!」と自画自賛して楽しんでいた。
ちょうどその頃、ネットラジオなる配信企画をやり始めている方が増え始め、ボクもチョップに打診したことがある「ネットラジオをやらないか?」と。
しかし師匠の答えは意外にも、
「まだ早え気がする」だった。
その時のチョップとしては「(ボクらの)サイトでは、あえて活字にこだわりたい」という彼ならではの意見だった事もあり、ボクも素直に従った。やろうと思えば個人でも出来たのだが(実際2~3分の物はやった)、1人でやるには荷が重い気がした。

(それは三年前のロール単体の番組で嫌というほど知ることになった…)

それから月日は流れ、久々の電話の向こうの「オレさ、ラジオやることになったよ!」と言うチョップの声は弾んでいた。やっぱ持ってんなぁと思いつつ、いちリスナーとして番組を応援していると、いつの間にかこうである。もちろんここに至るまでにはチョップの“考え”と“知略”もかなりあっただろう、しかしながらボクを現状に導いた一番大きな力は師の“やりたいという思い”に他ならないのではないかと思う。なんだかこんな事を書くとどこぞの啓発本みたいで甚だこそばゆいのだが、ラジオにしかり、本の出版にしかり、チョップのその思いに導かれただけなのである、ボクは。

さて出版の話に戻ろう。
8月の初め頃だっただろうか、チョップから「いよいよ本、出すことにしたよ!」という連絡を受け、おめでとうございますと祝いの言葉をかけてすぐである、
「でさぁ、帯のコメントお願い出来る?」
こんな責任重大な案件を「しょう油取って♪」くらいの軽さで振ってくるのも師匠・チョップらしい一面であるがさすがに「ボッ、ボクでいいんですか!?」と言わずにはいられなかった。
「いや、リリー(フランキー)さんに頼んでも良かったんやけど、ホラ…な?」という言葉で察せる仲になったんだなぁと感慨に耽りつつ、嬉しかったのは紛れもない事実である。
帯というのはその“書の内容”よりも先に目にする文章である。例えるなら新装開店する『チョップ亭』の入り口に一緒にボクが突っ立ってるも同然なのである。(この例え、ヘタやな)
しかし気持ちとは裏腹に脳は不思議と簡単に言葉を編んでくれた。
自信を持って、餞(はなむけ)に出来たのではないかと思う。

で、本編の内容であるがここでは触れない。この本にある“話たち”は、今までボクが何度も耳にしている内容である。ツッコミ役として「またその話か!」と言った事も数限りない。しかし“耳にすること”と“活字で目にすること”がこうも違うのかと感心させられたのは言うまでもない。それは偏にチョップの“引き寄せ力”の賜物であり、師の“文才”に他ならない。

微力ながら携われた事に感謝を込めつつ、ボクは何度でも読み返すだろう、そう、チョップが望んでいる
“この本がボロボロになるまで”…
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  by roll-husher | 2013-11-19 18:35 |

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